【感想】大坂文庫『尾生の信』

9月8日に開催される文学フリマ大阪のWebカタログがオープンになりましたね。
bunfree.net

文フリ大阪で初の500ブース越えですってよ、おめでとうございます。
なお、それだけ出店数が多いという事で、当日の設営ボランティアを大絶賛募集中だそうです。関西地区でイベントを楽しみたい皆様、設営から参加というのも検討してみませんか…?


さて、いつもはTwitterに書いてる事をダイアリー……もとい、はてなに書くシリーズです。
今日は前回の文学フリマ東京で購入した本の感想を書こうと思いましたが、大阪開催記念という事で、はてなブログ仲間でもある大坂文庫/上住断靱さんの『尾生の信』を紹介したいと思います。
duwazumi.hatenablog.com

大坂文庫さんと言えば、テーマ別アンソロ短編集のシリーズや、サークル主である上住断靱さんによる歴史短編集でお馴染みのサークルさんであります。主に戦国~桃山期の忍者物を得意として、歴史の裏で駆け抜けたつわものを描くような時代小説を作られています。
そんな大坂文庫さんが、初の長編を出されたのが、この『尾生の信』です。

戦国時代、伊賀国の下忍である与助は出世の望みを捨て、捻くれた日々を過ごしていた。
しかし、友である庄八の手を借りて彼は伊賀でその名を知らぬ者はいない絶世の美女、椿姫と出会い、いずれ武士になって迎えにいくことを誓う。
やがて織田軍と伊賀衆が戦をすることになり、彼らはその戦禍に身を投ず。
資料に残る下忍、与助は燃えさかる伊賀で何を見、何を得て、何を失ったのか――。

天正伊賀の乱を一人の人物を通して描いた。
忍者歴史小説長編。
5/6 第二十八回文学フリマ東京はチー4 大坂文庫へ - 大坂文庫

炎を思わせる赤い表紙は、伊賀国と与助の容易ではない未来を想像させられて、その重々しさが良いですね。装幀は日表造形社の小柳日向さん。前にも増して良い表紙でした

ところで「伊賀国」とか「天正伊賀の乱」と聞いても、時代小説好きな私でも実はそれほど内容を知らず、果たして理解が追い付くのかと心配になったのですが、「伊賀ってこんな世界だよ」と小さなエピソードを重ねて世界観へ引き込んでくれるので安心して読み始められます。まー、騙し討ちあり、大言壮語ありで、「あ、戦国だ。これはリアルに戦国だ」という世界ですね、ここは。

そして物語です。あれよあれよと織田との全面戦争に陥っていく伊賀で、主人公の与助もまた巻き込まれていくのですが、キーワードはタイトルである「尾生の信」です。
尾生の信(ビセイノシン)とは - コトバンク

与助とヒロインの椿は、言わば橋のたもとで頑なに約束を守る「尾生」なのです。橋で約束を交わした2人が頑なに尾生ならば、これは「君の名は」なのです。…入れ替わりませんよ。すれ違いながら追い掛けあって、女湯は空っぽになり、映画は大動員を果たすのです。
どのような展開になるかは、ぜひ皆様、手に入れて読んでいただきたい。与助や伊賀国がどうなってしまうのか気懸かりで、一気に読み切ってしまうでしょう。

最後にひとつ惜しかったのは、冒頭の問いである「与助は燃えさかる伊賀で何を見、何を得て、何を失ったのかーー」、これを作者に言われてしまったのが、悔しい。語り手が伝承を残すように答えをも言い渡して、それはそれで語り手が生きているのだけれど、私も短い間ながら与助と時間を共にしていたので自分の答え合わせもしたかった……と思う気持ちに気が付きました。

いや、それはそれだけ気持ちが乗っていたという意味では、読者の勝手な盛り上がりでありますので、万人向けの感想ではなく個人的な心の動きとして(嫌なのではなく)悔しかったのかなぁ…と思います。

いやぁ、小説って本当にいいものですね、それでは、また。