防衛戦、それも過剰に

昼休み、会社でちょっとsocioarcさんを見てたんですけどね。いや、ちょっと衝撃的だったのが、結局、こういうことなんだよなというエントリー。一部罪種での受刑者の出所情報が、警察に提供されるって話。

エントリーの中程にも出ていましたが「住居侵入」も含まれると見た瞬間、「防衛庁官舎イラク派遣反対のビラ配りに対する住居侵入による逮捕」なんて事件(…立川事件って言いましたっけ?)がすっと思い出されてしまいました。

…と思ったら、同種の事件がこんな身近で起きてたんですね…
google:ビラ配り 住居侵入

いやぁ、ぼんやりとした不安とがより濃くなるようなお話ですねぇ(もちろん戦後しばらくだって十分窮屈な時代は続いてたのでしょうけど)。奈良市の事件をきっかけに「出来うる限りの不安を拭いさりたい」という感情が着火点となったのが、今回の「出所後情報開示」の一連の流れだと思うのですが、これで本当に不安が晴れるのでしょうか…? いや、むしろ新たな不安の種*1を呼び込んでしまうという、中毒症というのか、これがまさに疑心暗鬼という状態なのでしょうかね。

ところで、罪(crime)はその個人が受ける刑罰によって贖われるのが近代じゃないのでしょうか。(いや、法の精神は一切学んだことがないので、間違ってるかもしれません) 受刑が終わった者へのまなざしですか。それは「世間」レベルでの話として「どうしても(再犯などの)不安が拭えない」という話があるのは止められないかとも思います。けれど、「既に罪が贖われた」と認定された一個人を「制度」レベルで(ごく簡単な情報とはいえ)押さえてしまっても本当によろしいのだろうかと。いや、これが「私たちの決定」であるなら、それが私たちによって作られた「歴史」になるのですから……でも、今回の話って2月15日付けの談話から、一気に…でしょ?

…まぁ、どうせ私のことですから、今日の心配など明日忘れてしまうのでしょう。と思いつつ、ちょっと憂鬱な気分で午後からの仕事にとりかかりましt……って、これは流石に言い訳苦しいか。(苦笑

あー、以前、こんな本を買おうと思ったけど…何だったっけ……新書で…過剰……忘れた。

*1:今の段階では、まだ「種」と表現しておきますが…