ハイクの終わりと『ハイクエンド』

COMIC ZINに予約していた『ハイクエンド』が届いていたので、先週、店舗まで取りに行ってきました。

http://ohayougirl.rgr.jp/book/haikuend/

 

id:gedan さんが、ご自身のライフワークでもあった「おはようお姉さん」や数々の絵と共に、はてなハイクを振り返ってらして、タイトル通り「はてなハイクのエンド」に相応しい記念的な本でした。

 

はてなハイク、無くなって残念でしたし、最後の1年は本当に楽しんでいました。

けど実は自分は元々、はてなアンテナRSSを使って非モテ論壇やネットでの議論を読み続けるダイアラーだったので、ハイクってあまりに異境・異文化・知らない世界だったのです。そういえば、そんなサービスあったっけくらいな遠い存在でした。

 

ですので最盛期のワイワイとしたハイクは全く知らず、最後の2年くらいしか見ていない印象になるのですが、Twitterほどネット世間の話題に流される必要もなく、ダイアリーほど身構えて書く必要もなく、けれども自分のIDに紐付いて日常を書き残せる良い温度感の交流型のサービスだったなぁ……と思っております。

年齢的な事もあると思っていて、自分の存在や価値に自信を持てない切迫した20代であった私にはネットの議論が、やはり体力や衝動のピークを過ぎてしまって生きるスピードが落ちた今の私にはハイクの温度感が、それぞれ丁度良かったのかもしれません。

 

いずれにせよ、『ハイクエンド』が良かったです。という報告をするにも、ハイクがエンドしてしまったので、せめて相応しい場所に書こうと思った結果、Twitterよりもはてな内のブログだろうと考えてエントリーにしてみました。

10年前の私に、10年後の私は

タイトルは明らかに、林原めぐみ「Thirty」から。

そして冒頭に戻るのですが。直接的に世の中へ仕えるだけでなく、たとえば誰かに何かを伝える、育てる、そういった事を通して、自分がいただいた恩寵を世の中にお返しするというのもある、というか一番ポピュラーな方法なのかもしれないと思いました*2。だから、仕事に、とか会社に、没頭してしまう人というのもいるのかもしれないし、自分がそのようになっていくんだろうなぁという予感が、ものすごくします。

■ - 続・ カッコつけるのは、もうヤメだ。ダラダラと生存報告。(仮)

10年前の自分の日記を、なぜか久々に読んだら、お前さんの予想通りになってるよと笑ってしまった。
そりゃ、お前さんが私なんだから、お前さんがその感性の通りに生き続ければ、それがそのまま今の私になるに決まってる。
ただ、危惧していたように「仕事に、とか会社に」ではなく「仕事という手段で、結局は先輩・同期・後輩や世の中のお客さんに」「教会に」「その他の場所でも」と、戦場だけはどんどん広げてしまってるね。それは1つの事を深くしっかりやりきるのが怖いからだけど。

それでも還元したいという気持ちが、少しは芽生え、そして迷惑にならない程度には……出来てるのかなぁ…。申し訳のなさだけではなく、たとえ私がいま死んでも、何かが残ってくれれば嬉しいという苦しみからの下心でもあります。
とりあえず、それだけ。

最近の話、焼き物について

テーブルウェア・フェスティバルというイベントがあり、会期中に遊びに行きました。
www.tokyo-dome.co.jp

合計で6点ほど、茶碗・スープカップなどを買いました。

結果的に多治見と土岐の美濃焼ばかり買いましたが、次は湯飲み茶碗あたりが欲しいので、ぜひ有田の青磁を見たいです。
瀬戸の織部は思ったよりキラキラしていて、釉薬マシマシコールみたいな感じなんですね。美濃と瀬戸美濃で、何となく雰囲気が違いました。

最近はあまりの忙しさで体調を崩すほどでしたが、移動の隙間では焼き物の事ばかり調べたりしています。
iPhoneのメモ帳に窯や作家さんの名前を書き付けて、少しずつチェックしているところです。
去年の多治見旅行がきっかけの、完全にもう新しい趣味なのですが、一番最初に興味を惹かれたのは東海地方の「お嬢鯖」のおかげです。
本当に、本当にありがとうございます。(今年になって投稿がないのが心配です……ああ、さよならですか*1
はてなブックマーク - お嬢鯖部に関するkash06のブックマーク

いま読み返すと、鈴木徹さんの話なんかも載ってるし、作家さんにも詳しいなぁ…。

*1:さだまさし「絵はがき坂」

こんなにも長く長く日記を放置していたのですが、はてながダイアリーやめるって言うからブログに移ってきました。
インポートしたら、1004記事。中途半端に飛び出た数ですね。

 せっかくなので日記でも書きますか。

ブクマではサラッと書いたのですが、祖母が亡くなり葬儀をやってきたところです。そこでしみじみ思ったのは、やはり何十年も我が家を知っている近所のお寺というのは、親族には安定して仲間だった事。セレモニーホールの司会者さんより、ご住職の「これでやりましょう」の指示が我が家の場合にはすごく安心だったなと。

何が安心なのかと考えると、多分、故人へも個人的に接してくれるし、同じく遺族も具体的に認識してくれているという部分が、安心したのかなぁ……と。

ここでわが身を翻って考えるに、今の教会で葬式をするなら完全にホームゲームだなと思うのです。司式者も参列者も自分の事をよく知ってくれているな、と。

ところが今の時代でどうしても多いのが、元気なうちはいいとして、いよいよ人生を終えようとするタイミングだと介護施設のお世話になり、自分が何十年と暮らした教会に行けなくなっているケースでして、これは今後どうしても仕方がない。

元気な現役時代に亡くなれば、縁も繋がったままで最期を迎えられるのかもしれないけれど、それはそれで遺された側に辛いものがあるだろうし、生きるにも死ぬにも、遺すにも遺るにも、考えすぎればきりがないものだとボンヤリ思ったところです。

ほら、先月美濃焼を見に行ったじゃないですか。

日記でも書こうかとメモをしていたが、どこにも書けてなかったから放流する。

本当の事を言うと、今まで陶器よりも磁器が好きで、有田焼の青が最も好みだったのに、美術品としても歴史としても織部、志野の迫力は想像以上だった。
ただ、もしも見た目を真似たような陶器があったとして、何が本物だとか良い物だとか、私はまだその基準を自分の中に持ってはいない。

日用品としての近世以降の美濃焼も、単純に出来上がりが綺麗という事実があって、逆算して採算の取れる生産技術が成り立ったんだなぁ…と納得がいった気がする。

そんな緩い感動があったのだけど、常々追い続けている増田お嬢鯖(の1匹)の方は凄いね。まさに趣味人(鯖だけど)だと思う。

『逃げろ、ボクサー』読みました。

逃げろ、ボクサー (角川文庫)

逃げろ、ボクサー (角川文庫)

ソフトボールのメッカを訪ねて - illegal function call in 1980s
急なご指名で申し訳ないのですが、僕は船橋海神さん(b:id:cj3029412)がブログで紹介してくれる本を追うのが結構好きなんです。といっても、どれもこれもは買えないので、スポーツノンフィクションについては、とりあえず見かけるとAmazonのリストに加えておくのです。そして、何かの必要がありAmazonを開くことがあった時に、リストを見て「そうだ、これもついでに頼んでおこう」と一緒に買ってしまうことにしています。

そんなわけで前回は初めて海老沢泰久の本(『ヴェテラン』)を買い、今回は山際淳司『逃げろ、ボクサー』を買ったということです。

私が山際淳司を知ったのは、多くの人がそうだったようにNHKの特集でやっていた「江夏の21球」の放送です。当然、放送の主役は江夏豊その人なのですが、放送が面白かったので原作も読みたくなり、作者の名前もロクに知らぬまま検索してAmazonで『スローカーブを、もう一球』を取り寄せたのでした。全くの思い付きです。これが2015年のこと。

面白い本だった、と思ったのですが、特に他の本までは買わずにおりました。
ところが、はてなブックマークで「船橋まで来れば、飯をおごってやる」というインパクトあるコメントで有名だった「船橋の人」のブログを読んだところ、あぁ、あの山際淳司について書き続けてるじゃないですか!

そのようにして、せっかく巡り合わせたので……まして、私向けにエントリーまで書いていただいたのならば、なおのこと読まねばと思ったわけであります。
ケン・モッカのこと - illegal function call in 1980s


……という話を、Twitterに流すには中途半端に長くなるし、いつかどこかで披露したいと思っていたので、ついダイアリーにしてしまいました。

名称とか、もういいんじゃないかな

ふと思い出したのですが00年代にblogブームが来た時に、「ブログ論壇」なる言葉と追って「はてな論壇」なる言葉が言われるようになったのと同時に「論壇というか村」っていうツッコミも含んでた気がして。 - kash06のコメント / はてなブックマーク

ふと思い出したのですが00年代にblogブームが来た時に、「ブログ論壇」なる言葉と追って「はてな論壇」なる言葉が言われるようになったのと同時に「論壇というか村」っていうツッコミも含んでた気がして

あんまり口にするつもりのない単語ですが「はてな村」の件です。というのも所属と言うより、現象とかに対する呼び名な気がして。村民っていう時も、呼び名をネタ元にしたツッコミというか。

いや、ほんとに。たとえば最近も……kawangoによるネットの発言についてのツイートを出発点に、シロクマ先生、ふろむださん、コン……隠居さんがトラバ返しながら持論を掲げたじゃないですか。(あちらの本題から外れて事例として勝手にエントリー書いてるだけなので、リンクもトラバもしませんけど

あんな風に、公式に議題が降りてきた訳じゃないのに、自発的に論議が発生してこだまする現象が先にあったじゃないですか。当時はブログが主戦場だったし、メディアの特性として長文も連載もトラバもやれる訳ですけど。で、ネット的な言い回しとして「わざと大げさに言う」作法も加わった上で、わざと「ブログ論壇」とか、派生して「はてな論壇」とか半分揶揄も含めて言われていて、そこへのさらに「なにが論壇だ、村だよ村」っていうネタと反論と照れが混ざった表現として「はてな村」とかがあったんじゃないんですかね? どうだろう、ちゃんとは覚えていないけど。
でも基本的に現象に対する他称ですよね。村意識とかメンバーとか、まして参加とかどうでもいい話だと思うんですけど、その辺を前提条件みたいに省略して書くと「また、はてな村か」みたいな書き方になるので、「あぁ、はてな村という集団があったのだね」と受け取られてしまって、最終的に名前とか古参とか所属とか、コミュニティ論みたいな想定外の話になってしまったのかなぁ…とか、思いだし的に考えたのでした。

でも、何年も前ならスター選手ですよ、この事例で出した方々。けれどブクマ数で言ってもシロクマ先生の200ちょいが最大で、昔なら目立つブクマ数なのに今だと如何せん目立たないじゃないですか。その先のトラバの数々も自分の盛り上がりに比べて反応が少なくて、私ちょっと意外だったんですけど、普通に時代が変わったとかそんなもんでいいのかなぁと思ったり。やっぱり所属じゃなくて言論的な盛り上がりなんだろうなと思ったり。

あと、じゃあ議論的なものがネットから無くなったとかは思って無くて、主戦場はもっと言論飛び交う、たとえばTwitterとかで開戦されて、ツイートがまとめられて、編集されて、そこにもコメントが付いて……と分散的に常時闘争が行われてるように思います。そうすると片やfacebookで展開したり、片やはてブで煮詰まったりと、自分が知覚できる範囲での戦闘みたいな事になってるんじゃないでしょうか。Twitterならクラスタって言われるんだろうけど、もはやクラスタを知覚するために自分が使ってるツールとかメディアも、人それぞれになるというか。スクールガールストライカーズなら5次元感知能力がそもそもあるのか、どの境界にいるのが観測者なのか…みたいな話ですよ、隊長さん!!(関係ない

でも、インターネット老人の思い込みが多分に含まれてると思うので、このエントリーとて全く正しいわけではなく、違うと言われたら「すみません」くらいな曖昧な記憶だったりするのですけれども…。ただ、せっかく思い出した事だったし、最近あまり言われない事ではあったので、書いて世に出した方がいいかなと思って。

思い出したきっかけがzeromoon0さんのエントリーだったので、自分のブコメを頭に持ってきてしまい、なんか話のマクラに引っ張ってしまってすみません。


あと、こんな怪しい記事も見つけてしまった。
はてなブックマーク - はてな論壇とはなにか? (2017年1月8日) - エキサイトニュース